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 きかんしゃトーマスの世界を模型動画で再現するオリエンタルソドー鉄道/SodorOrientRailway製作奮闘記
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 ◆ Skarloey Railway (2)
オリジナル設定 ] 2006/10/20(金)
路線は山麓の丘で鉱夫が偶然発見したスレートを扱いました。
スレートは第一次世界大戦の間にブームになりましたが、終戦後はひどく落ち込みました。


けれどもブラウン氏は沿線住民とテナントの為に鉄道の運行を続けました。
1950年、ハンデル卿は亡くなりましたが、(彼は1937年に准男爵に列せられた)彼の息子、ハンデル卿2世には、父親の博愛主義の見地をとる余裕がありませんでした。
なぜなら財産は相続税によりかなり毀損されていたからです。

第二次世界大戦の間に鉱山は火薬庫のために接収され、路線はスレートを供給して限界まで運転されました。
借用していた機関車と車両はすでになく、彼自身所有の機関車、車両と軌道はひどい有様でした。

しかしながら、ハンデル卿には素晴らしいマネージャーのピーター・サム氏がいました。
彼は監督官、イーボ・ヒューとともに路線の将来性を確信していました。
彼らはハンデル卿に1年間閉鎖を延期するよう説得しました。

その1年の間、レーニアスは慎重に大事に管理されて、交通の負担全体を引き受けました。
しかしこの叙事詩英雄的行為は次の2つの発見がなかったらほとんど効果がなかったでしょう。

(i) リーニアスの近くにおける不純物が全くないスレート岩盤の発見。

(ii) 今まで失われていたと思われていた古文書やぼろぼろの写本の発見。
Ulfstead 城の不動産権利証書や、ハロルド・マローン卿の偉業についてのSudricの叙事詩、ソドーの摂政(1263-1275)の記録など。
彼の入念な調査はスカーローイがしばしば彼が撃退したスコットランド人の侵略と戦う決定的な力を持つようになった「秘密の保護区域」であったことを示唆した。

ソドー考古学協会によってなされた「発掘」がそれらの遺物を発見したとき、人々の関心とともに旅客量が増大しました。
ファルコンとスチュアート(以前は Mid Sodor Railway の No. 3 & 4)が購入され、それぞれサー・ハンデルとピーター・サムと改名されました。
収入が増加するにつれてスカーローイとリーニアスはレストアされ、機関車がもう1台追加されてダンカンと命名されました。
鉄道の復活は1963年に観光名所として湖の周りに拡張することが決められたほどでした。

続く

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コメント
承認待ちコメント   by  
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    2011/10/07(金) 21:29:52 #[ 編集]
Re: 高山鉄道って・・・・   by Top Kaz Fatt  URL
> はじめまして。
> 突然ですが、高山鉄道の線路の幅って何㎜ですか


686mmです。

    2011/10/10(月) 00:17:23 #-[ 編集]
管理人のみ閲覧できます   by  
このコメントは管理人のみ閲覧できます
    2011/10/18(火) 22:52:52 #[ 編集]

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